甲府地方裁判所 平成4年(ワ)84号 判決
原告
株式会社春木屋
被告
株式会社雛屋豊玉
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、山梨県内及び長野県南信地方において、その製造にかかる節句人形、そのカタログ、パンフレット、ちらし、人形立札、幟、看板に別紙商標目録二記載の表示を使用し、又は、これを使用した節句人形、そのカタログ、パンフレット、ちらし、人形立札、幟を頒布ないし販売してはならない。
2 被告は、右地域における被告所有の節句人形、そのカタログ、パンフレット、ちらし、人形立札、幟、看板から右表示を抹消せよ。
3 被告は原告に対し、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を、同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載せよ。
4 被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
(当事者)
1 原告は、製茶の卸小売及び煙草の販売並びに陶磁器、金物及び節句人形の卸小売等を目的とする株式会社である。
2 被告は、節句人形の製造及び卸小売等を目的とする株式会社である。
(商標権侵害に基づく請求)
1 原告は次の商標権(以下「本件商標権」といい、これに係る商標を「本件商標」という。)を有している。
出願日 昭和四六年一一月二六日
登録番号 第一〇六七八四五号
登録商標 別紙商標目録一記載のとおり
公告日 昭和四八年六月七日
登録日 昭和四九年六月一日
登録更新日 昭和五九年九月一七日
指定商品 第二四類 人形
2 被告は、平成二年一二月ころから、山梨県韮崎市に店舗を開設し、別紙商標目録二記載のイないしリの商標(以下「被告商標」という。)を使用して雛人形を販売している。
3 商標の同一もしくは類似性の判断においては、全体的観察をした上で、更に部分観察がなされるべきであるところ、被告商標は「市川」、「雛屋」等と「豊玉」が結合したものであるが、「市川」の部分は被告代表者の氏、「雛屋」の部分は屋号であって、それぞれそれ自体商品識別力を有しないばかりか、被告商標は、取引上「豊玉」と略されることからしても、いずれも要部が「豊玉」であり、「ホウギョク」との称呼を生じるものであるから、本件商標と同一またはこれに類似する。
4 被告商標の使用により、原告は営業上の信用を棄損された。
5 被告商標を付した被告商品の平成二年一二月からの年間売上高は四〇〇〇万円と見積られ、その内利益は一二〇〇万円を下らない。
6 よって、原告は、商標法に基づき被告に対し、被告商標の使用差止及び表示の抹消を求めるとともに本件商標権侵害行為により被った信用回復のために必要な措置として謝罪公告の掲載及び商標権侵害により被った損害の内金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成三年一月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(
1 原告は、明治時代から人形を商い、大正一五年ころから商品の表示として本件商標を使用しており、宣伝広告活動による知名度の高さにより山梨県内及び長野県南信地方へ販売を拡大してきたものであって、本件商標は、伝統と品質により高い評価を得ている原告の商品又は営業であることを示す表示として広く認識されている。
2 被告は前記商標権侵害に基づく請求の原因2、3項記載のとおり本件商標と同一または類似の被告商標を使用して営業活動を行い、原告の営業と混同のおそれを生じさせたことから、本件商標の宣伝機能が減殺され、原告は営業上の利益を侵害された。
3 原告は、昭和六〇年三月一一日付内容証明郵便で被告に対し「豊玉」の使用中止を申し入れたところ、被告は、同年一二月一七日付内容証明郵便で、原告に対し、同月二〇日以降「雛屋豊玉」「豊玉」を商標として使用しない旨通知したのであるから、被告は、被告商標を使用して原告の営業上の利益を害することについて故意がある。
4 原告が被った信用棄損及び財産的損害は前記商標権侵害に基づく請求の原因4、5項記載のとおりである。
5 よって、原告は、被告に対し、商標権侵害に基づく請求と選択的に、不正競争防止法に基づき、請求の趣旨1ないし4項記載のとおり被告商標の使用差止、表示の抹消、謝罪広告の掲載及び損害賠償金の支払いを求める。
(商標不使用契約に基づく請求)
1 原告は昭和六〇年三月一一日付内容証明郵便等で被告に対し、「豊玉」を商標として使用することを中止するよう申し入れていたところ、同年一一月ころ、被告が自己のパンフレット等に記載された「雛屋豊玉」から「豊玉」を削除し、以後山梨県全域及び長野県南信地方において「雛屋豊玉」を使用しないと約し、原告と被告との間に、右地域では商標として「豊玉」を使用しない旨の契約が成立した。
2 右契約が存在するにもかかわらず、前記商標権侵害に基づく請求の原因2項記載のとおり被告は商標として「豊玉」を使用している。
3 原告が、被告の右契約違反により被った損害は少なくとも一〇〇〇万円を下らない。
4 よって、原告は、被告に対し、商標権侵害に基づく請求及び不正競争防止法違反に基づく請求の予備的請求として、右商標不使用契約に基づき請求の趣旨1、2項記載のとおり商標使用差止及び表示の抹消を求めるとともに、請求の趣旨4項記載のとおり債務不履行による損害賠償金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 (当事者)について
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2の事実は認める。
2 (商標権侵害に基づく請求)について
(一) 請求原因1は認める。
(二) 同2のうち、被告が被告商標イを使用しているとの事実は否認し、その余は認める。
(三) 同3は争う。
(四) 同4は否認する。
(五) 同5は否認する。
3 (不正競争防止法違反に基づく請求)について
(一) 請求原因1は知らない。
(二) 同2のうち、被告が被告商標ロないしリを使用して営業活動を行っていることは認めるが、その余は否認する。
(三) 同3のうち、原告が「豊玉」の使用中止を申し入れたこと、被告が「雛屋豊玉」を使用しないと通知をしたことは認めるが、その余は否認する。
(四) 同4は否認する。
4 (商標不使用契約に基づく請求)について
(一) 請求原因1の事実は認めるが、原告と被告との間に「豊玉」を商標として使用しない旨の契約が成立したとの主張は争う。
(二) 同2のうち、被告が被告商標ロないしリを使用していることは認めるが、その余は否認する。
(三) 同3は否認する。
三 被告の主張
(商標の非類似)
商標の類似性の判断においては、全体的観察がなされるべきであり、被告商標は全体的観察において本件商標と別の称呼を生じるものであるが、分離観察をなすべきとしても、「市川」は「豊玉」と一体になって商品識別力を有するので分断すべきではなく、また「雛屋」の部分にも商品識別力はあるから、被告商標の要部は「市川豊玉」ないし「雛屋豊玉」である。よって本件商標とは外観が全く異なる上、称呼も本件商標が「ホウギョク」であるのに対し、被告商標は「イチカワホウギョク」「ヒナヤホウギョク」であるから、両者は類似でない。
四 被告の主張に対する認否
被告の主張は争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
第一(当事者)
請求原因1、2は当事者間に争いがない。
第二(商標権侵害に基づく請求)
一 請求原因1及び同2のうち、被告が平成二年一二月ころから、被告商標ロないしリを使用して雛人形を販売していることは当事者間に争いがない。
二 そこで、本件商標と被告商標(イないしリ)との類似性について判断する。
商標は、全体が識別標識として一体をなすものであるから、商標相互の類似性の判断は、当該商標の全体を観察してなされるべきであるが、全体としての一体性か弱く、付加的と認められる部分がある場合は、右部分は識別標識として取引者等の注意を引かないのが通常であるからこれを除外し、その要部、すなわち取引者等の注意を引きやすい部分について、商品を識別するための標識として紛らわしいかどうか、取引上商品の出所について混同を生じるおそれがあるかどうか、という観点から判断すべきである。
被告商標について検討すると、同商標イは「雛屋豊玉」、同ロは「御人形司市川豊玉」、同ハは「市川豊玉作」、同ニは「伝統工芸士 市川豊玉」、同ホは「市川豊玉作」、同ヘは「御人形司 市川豊玉」、同トは「市川豊玉」、同チは「御人形処市川豊玉 山梨工房」、同リは「人形の市川豊玉」であるが、右各商標の文字のうち「御人形司」「作」「御人形処」「山梨工房」「伝統工芸士」「人形の」の各部分は、人形を製作・販売している人、場所等であることを表示するものとして取引上一般に使用されている修飾語であって、いずれもそれ自体商品識別力を有しないものというべきである。
他方、被告代表者本人尋問の結果によれば、「雛屋豊玉」の部分は、被告代表者が影響を受けた江戸幕府の御用人形師の屋号である「雛屋」と被告代表者の父親及び師事した人形師の作名から一字をとって作った「豊玉」とを結合させたもの、また「市川豊玉」の部分は、人形製作者である被告代表者の作名であることが認められるのであって、「雛屋」「市川」「豊玉」の各文字は等価値的な比重をもつということができるので、被告商標イないしリにおいては「雛屋豊玉」「市川豊玉」が商品識別力を有する要部であり、それぞれ「ヒナヤホウギョク」「イチカワホウギョク」と一連に称呼されるものというべきである。
原告は、人形業界においては、取引上商標の一部のみで称呼されることが多いため、被告商標は「豊玉」と略されて「ホウギョク」と称呼されており、本件商標と混同を生じるおそれがある旨主張するが、被告商標が取引上一般に「ホウギョク」と略されて称呼されていると認定するに足りる証拠はないので、原告の右主張は採用できない。
一方、本件商標は「ほう ぎょく」の平仮名と「鳳玉」の漢字とを横書き二段に併記してなっており、それ自体が要部で、格別の意味を有しない所謂造語であり、該構成文字に相応して「ホウギョク」と称呼されることはいうまでもない。
以上によれば、本件商標と被告商標イないしリとは、それぞれ外観を異にすることはその構成から明白であるのみならず、称呼も明瞭に識別でき、これを節句人形等同種の商品に使用しても、その商品の出所について混同するおそれがないから、類似ないというべきである。
三 よって、原告の商標権侵害に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第三(不正競争防止法違反に基づく請求)
一 本件商標と被告商標イないしリが類似していないことについては第二(商標権侵害に基づく請求)で説示したとおりであるから、被告が被告商標を使用して営業活動を行うことが、原告の商品又は営業と混同を生じさせる行為であるということはできない。
二 よって、原告の不正競争防止法違反に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第四(商標不使用契約に基づく請求)
一 請求原因1のうち、原告が昭和六〇年三月一一日付内容証明郵便等で被告に対し、「豊玉」の使用中止を申し入れ、同年一一月ころ、被告が当時商標として使用していた「雛屋豊玉」から「豊玉」を削除し、以後「雛屋豊玉」を使用しないと約したことについては、当事者間に争いがないところ、右合意に反して被告が商標として「雛屋豊玉」を使用したことを認めるに足りる証拠はない。
なお、成立に争いがない甲一五号証の一、二によれば、被告作成の平成四年版パンフレットに「雛屋豊玉純正版」との記載があることが認められるが、右「雛屋豊玉」の記載は、右パンフレットの作成者を示すために被告の商号として使用されていることが右記載自体から明らかであって、商標として使用されているものということはできない。
二 そこで、更に、原、被告間において、被告が商標中に「豊玉」の文字を一切使用しないことまでの合意がなされていたかどうかについて検討する。
成立に争いのない甲一ないし九号証、乙二〇、二一、二二の一ないし三号証、証人Aの証言及び被告代表者本人尋問の結果によれば、原告は、被告がその商品等に「豊玉」の文字を使用すると本件商標と称呼が同一であり、本件商標権を侵害するとの考えから、昭和六〇年三月一一日付内容証明郵便等により、数回被告に対し、被告商品に「豊玉」を使用することを中止するよう申し入れたが、被告がこれに応じず、問題解決に至らない状態が続いていたところ、円満解決を望んだ被告代表者が、同年一一月ころ原告事務所を訪れ、山梨県全域及び長野県南信地方においては、今後「雛屋豊玉」を商標として使用する意図はなく、「雛屋豊玉」を付した販促物を頒布等しないとともに、従前の商品名に表示していた「雛屋豊玉」から「豊玉」を削除して「雛屋」として使用する旨約したものの、人形製作者である被告代表者の作名としての「市川豊玉」は引き続いて使用する気持ちを有しており、被告作成のパンフレット中にも「御人形司市川豊玉作」の記載部分を残しておいたが、この点については原告から何ら言及がなされなかったことが認められる。
右事実によれば、昭和六〇年一一月ころ成立した原、被告間の合意は、前記一で述べた当事者間に争いがない内容部分に止まるものといわざるを得ず、他に「豊玉」を含む商標は一切使用しないことまでの合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はない。
三 よって、原告の商標不使用契約に基づく請求は理由がない。
第五(結論)
よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 久保雅文 裁判官髙取真理子は、差支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官 生田瑞穂)
商標目録一
商標出願公告 昭48-30044
公告 昭48.6.7
商願 昭46-129510
出願 昭46.11.26
出願人 株式会社春木屋
甲府市〈以下省略〉
指定商品 24人形
商標目録二
イ 雛屋豊玉
ロ 御人形司 市川豊玉作
ハ 市川豊玉作
ニ 伝統工芸士 市川豊玉作
ホ 市川豊玉作
ヘ 御人形司 市川豊玉
ト 市川豊玉
チ 御人形処市川豊玉 山梨工房
リ 人形の市川豊玉
〈以下省略〉